個別の塾に向かう生徒の大半は、英語と数学が苦手だという生徒です。特に、数学が苦手な生徒は学校の授業に全くついていけないので、個別塾に泣きついてくるというのが最近の実情です。僕が個別の塾講師を行なっていたのは、2014年から2017年の4年間です。この期間に様々な生徒を担当しました。今回はその中でも、特に印象的な生徒、高校二年生のA君を紹介します。この記事が、同じように悩みを抱える講師の先生の助けになれば幸いです。
数学が苦手で個別塾に通う生徒と言っても背景は様々です。
- 高校の授業にはついていけるが、テストで点数が取れない。
- 平均的な公立高校の授業にはついていけそうだが、高校のレベルが高くついていけない。
- 平均的な公立高校に通っているが、ついていけない。
A君との出会い
A君はパターン3にあてはまる生徒でした。定期テストの内容は汎用の公立高校の教科書の練習問題ばかりが出るものでしたが、僕が担当した当初のA君の平均点は良くて40点そこそこ。本人は真面目で、塾にいるときは静かに僕の解説を聞いてくれる子です。決して、私語ばかりで落ち着かない生徒ではありません。
しかし、この「静かに先生の解説を聞いてくれる子」というのが、実はもっとも厄介と言えます。もし、担当する塾の講師が「時給をもらえるから働いている」というタイプの場合、このような生徒とはうまくやっていけるでしょうが、苦手な数学を克服することはほとんど夢みたいなものです。宿題を出すと、確かにほとんどやってきてくれますが、実際に同じ問題を解かせようとすると大抵できません。というのも、宿題を「解答を見ながらノートに書き写している」からです。このような状況で、苦手な数学ができるようになるわけがありません。
そもそも、塾に通いながら苦手なものが得意な科目に変わるときには、必ず先生と生徒の間で何らかの「対話的な取り組み」があるはずなのです。例えば、「この問題がわからない」「ここがわからない」という生徒の疑問に対して、先生がその生徒のわかる方法で説明する、というようなことが毎回の授業で行われていれば、生徒は「この先生についていけば何とかなる」と思ってくれます。そうすると、先生のいうことは大抵やってくれますし、対話的な方法で生徒の癖を掴んだ先生は、どのような問題を取り組ませれば、問題が解けるようになるかを理解できるようになります。そうすると、相乗的に生徒の能力は向上します。テストで点数が取れるようになると、生徒はますます頑張ります。そうやって生徒と先生の信頼が深まり、苦手なものもいつしか得意なものになっていく……。
これが良い循環です。この循環の根幹は、「対話的なやりとり」です。「静かに先生の解説を聞いてくれる子」の場合、このやりとりが生まれにくいので、先生の一方的な解説は生徒には理解できないですし、宿題も生徒のレベルにあっていないものだったりするのです。とはいえ、自分のわからないところを質問できない生徒もいます。A君も口数は少なく、自分からわからないところを相談してくれるタイプではありませんでした。経験から、女の子は良く喋る、というか何でもかんでも「わからない」と言ってしまう傾向にあるなぁと思います。その場合は別の手段を取るのですが、今回は口数が少ない真面目な男の子の場合です。
僕はある程度、数学が苦手な生徒に対してもわかりやすい教え方ができると自負していましたが、最初の2~3ヶ月の指導の後の定期テストでは、今までとほとんど変わらない点数で、正直がっかりしたのを覚えています。がっかりというか、悔しいという気持ちでした。
対話的やりとりの重要性
色々原因を考えました。A君は数学の他にも国語や英語といった科目も塾で取っていて、成績はやはり数学と同程度のものでした。担当の先生は二人ともベテランの先生で教え方も筋道立てて論理的なものでした。ただ、対話的なやりとりは僕も含めて欠けていたような気がします。
僕は、この「対話的なやりとり」を徹底的に追求することに決めました。どうやら、A君には論理立てて説明しても、それを正しく吸収できないようだと気づいたのです。数学の能力のある先生は、頭のいい生徒からするととてもわかりやすいのです。なぜなら、先生は問題を解く一連の道筋をストレートに敷いてやって、それを論理的に説明でき、頭のいい生徒はそれを理解する能力があるからです。
しかし、平均的な公立高校でも数学が苦手になる生徒というのは「論理的な説明を受け入れる」ことが難しいのです。名探偵コナン君の推理も論理的思考が苦手な人にとっては何をいっているかさっぱり理解できないのです。
具体的に僕がしたことは、次の通りです。
- 「論理パズル」を宿題として解かせる。
- 授業のはじめに、宿題の確認をする。
- 授業では問題集ではなく、教科書を使って指導する。
- 教科書の例題を解説して、その解説の中でわからないことはないか逐一聞く。
- 教科書の例題を解説した後は、それに付随する問を解いてもらう。
A君にとって最も効果があったのは、1と4ではないかと思います。「論理パズル」というのはよく知られているのは、「天国」と「地獄」の道を尋ねるあれです。
論理的思考力を育てよ
「悪魔は必ず嘘を言い、天使は必ず真実をいう。あなたの目の前に誰かが立っているが、悪魔か天使かはわからない。あなたが天国に行きたければ、なんと質問したら良いか」
こういう問題は数学ができるとかできないとかは関係ありません。とにかく、消去法を用いてしらみ潰しに全てのパターンを考えれば正解にたどり着くようなパズルです。このパズルのいいところは、その名前の通り、筋道立てて正解にたどり着く過程を身に染みて学ぶことができるという点にあります。その習得になんの知識もいらないのです。しかも、問題集と違ってどこにも答えがないので、ズルのしようがありません。
このパズルを解くことで僕が狙ったのは、4の学習効果を高めるということです。すなわち、僕の解説を理解する能力を底上げする、ということです。数学が苦手な生徒に対して、先生は数学の公式・知識が足らないとか、真面目に話を聞いていないとか、記憶力がないとか、そういうことを考えがちです。しかし、真面目な生徒が話を聞かないのは、先生が話している論理がわからないからであって、別に遊んでいるからではないのです。もっと根本的なところに問題がある可能性もあるのです。
また、平均的な公立高校で、苦手な生徒に指導するなら「黄色チャート」や「問題集」を使うより教科書が最適です。教科書は「例題」と「問」がセットになっているので、「例題」を説明して「問」を解かせればいいからです。ただ気をつけたいのは、教科書の例題と問いはあまりにも密接に結びついているので、問が解けたからといって本当に「例題」を理解できたとは言えないということです。その場合は、先生の側から「質問」すると良いです。
「例題は、こういう風に計算しているが、なぜこう計算できるのかわかる?」
というようなことです。こういう具体的な質問を生徒にしていくと生徒がただ公式を使っただけなのか、本当に理解できたのかはわかってきます。
A君の場合は「論理パズル」が気に入ったようです。論理立てて問題を解くことを面白いと感じたようですね。数学は、「論理パズル」の延長線上です。高校数学の教科書を理解するだけなら、90%の論理的思考能力と10%の公式の知識があれば十分です。論理的思考力が育ったら、必要な公式を「例題」とともに覚えてもらえれば完璧です。
A君は、論理的思考能力の甲斐あって、数学のテストでも60点、70点を取れるようになってきました。この躍進は、A君にとっては楽しかったと思います。そして、この頃から良い方向の循環が始まった気がします。A君はそれでも質問をあまりしない生徒でしたが、論理的で筋道を立てた説明をすんなり理解できるようになっていることは、「例題」の解説後にスラスラ「問」を解けるようになっていることから理解できました。
A君の躍進
そして、忘れもしない、高校二年生最後の定期テストです。単元は数Bのベクトルで、塾の授業が思いの外早く進んで、学校の進度よりも早く進んだので、定期テストの範囲の教科書の問いを繰り返し繰り返し解かせていました。流石のA君も「もうこれはいいよ……」と生意気な口を聞くようになっていましたが、それでも解いてもらいました。
試験範囲もベクトルの基礎から平面ベクトルまでと少なく、対策は非常に容易でした。とにかく、塾では試験範囲内の教科書の「問」は、目をつぶっても解けるくらいには練習することができたことを覚えています。
試験が終わって塾にきたとき、テストは返却されていませんでしたが、A君は「もしかしたら100点かも……」と宣ってきたました。問題は全て解けて、時間も十分に余ったのでずっと見直しをしていたというのです。僕も100点は取れるわけないと思っていたので、話半分に聞いていました。次の授業の時、A君がドアを開けて入ってきて、授業準備をしている僕と目が合った時、普段と同じく言葉少なめに「やりました」と言って少しガッツポーズをしていたのを見て、「証拠は、証拠!」と言ってその場で100点の答案をみて、塾長たちと騒いでいたのが今でも目に浮かぶようです。
この拙い体験記みたいなブログで伝えたいのは、数学の苦手な生徒に「数学ばかり」を教え込むのではなく、「論理的思考力」を鍛える手伝いをすることが、一番の近道なのかもしれない、ということです。もし、同業の方で、同じ悩みをお持ちの方がいらっしゃったら、「論理パズル」で生徒と遊んでみるのも一つの方法かと思います。
本日は最後までご覧いただきありがとうございました。次回は、また別の生徒との体験を書いて行こうと思います。
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